日本経済復活の会
借金時計 News 没落する日本経済 政府との質疑応答 国会議員等 活動 書籍
参考論文・記事等 連絡先 次回定例会 過去の定例会 リンク ***
会長のブログ シンポジウム2004 ノーベル経済学賞受賞者からの手紙 会長プロフィール
論文
AJER 05-03
5兆円所得税増税でも税収増は3.4兆円、名目GDPは7.1兆円減少
 −内閣府の試算より−
日本経済復活の会会長 小野盛司
 内閣府の試算によれば、5兆円の所得税増税をすると景気悪化のために、それ以外の税収が減り結局3.4兆円しか税収は増えない。一方名目GDPは7.1兆円も減少し、その結果債務のGDPは1.2%増え財政は悪化する。
1.内閣府の資料に関する素朴な疑問
 内閣府は所得税増税を国民に押しつけようとしているようにみえる。しかし、内閣府のシミュレーションは増税により景気も財政も悪化することを示している。そんな馬鹿なと思う人は、以下の文献を見て頂きたい。
 2005年シミュレーション経済財政モデル(第一次改訂版):この内容は次の1)〜3)に詳しく書いてある。この3つは同一のシミュレーションに関するものの説明である。
  1)構造改革と経済財政の中期展望−2004年度改定について
  http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2005/0120/item1.pdf
2)資料集 http://www5.cao.go.jp/keizai3/econome/ef1r-summary.pdf
3)変数リスト http://www5.cao.go.jp/keizai3/econome/ef1r-var.pdf
 1)では増税が無ければ2009年以降名目成長率は3.8〜4.0%で推移すると予想している。一方、財政制度審議会は、このような高い成長率は達成不可能と冷ややかな見方をし1.6〜1.9%が実際の成長率だろうと予想している。
 2)では所得税をGDPの1%相当(つまり5兆円程度)増税した場合どのような影響があるかを計算している。それによると
失業率 0.15%増加
デフレ(物価) 0.44%悪化
可処分所得 2.47%減少
金利 0.09%低下
名目GDP 7.1兆円減少
となり、デフレが悪化することを予想している。税収は増税で獲得した5兆円がある反面、景気が悪くなる分1.6兆円税収が減るから税収は3.4兆円(5−1.6)増加するに止まる。この代償に名目GDPが7.1兆円も減ると債務のGDP比は逆に増えてしまうことは誰でも分かる。
債務のGDP比 = 債務(774兆円)
――――――――――――
GDP(500兆円)
 債務のGDP比の増減を表にしてみると
表1:債務のGDP比の増減
  増減(兆円) 債務のGDPの増減(%)
増税額 −1
税収 −1.6 +0.32
名目GDP −7.1 +2.23
合計   +1.55
となる。つまり債務のGDP比は1.55%増え、財政は悪化することが分かる。実際は金利下落による利払いの減少なども考慮すると1.20%の増加になると、内閣府発表の資料2)の7頁に書いてある。逆にGDPの1%の規模の減税をすれば、債務のGDP比は1.20%減り、財政は改善する。
 公共投資を削減する場合もほぼ同様に財政は悪化する。公共投資をGDPの1%相当(つまり5兆円程度)削減した場合
失業率 0.19%増加
デフレ(物価) 0.54%悪化
可処分所得 0.99%減少
金利 0.11%低下
名目GDP 9兆円減少
税収 2.3兆円減少
という結果になることが示されている。5兆円節約すると税収が2.3兆円減るから結局2.7兆円節約しただけということになり、それで名目GDPが9兆円も減ってしまえば、債務のGDP比はもちろん増えてしまう。
 このように公共投資を減らせば、債務のGDP比は増え財政は悪化する。逆に公共投資を増やせば、債務のGDP比は減り財政は健全化する。
表2:債務のGDP比の増減
  増減(兆円) 債務のGDPの増減(%)
公共投資額 −1
税収 −2.3 +0.46
名目GDP −9 +2.84
合計   +2.30
2.内閣府の回答
 このような筆者の指摘に対して内閣府は次のように回答している。
1) 減税や公共投資を増やした場合、債務のGDP比は減少することは認めるが、これは最初の2年間だけである。
2) 3年以降は、債務のGDP比は増加する。それはクラウディングアウトが起き、金利上昇で利払いが増えることが大きな原因となっている。
3.内閣府の回答に対するコメント
 現在の日本でクラウディングアウトが起きるのかどうかは議論の余地がある。
<図1>
図1 公共事業費(補正後)
 図1で公共事業費を、図2で金利を示した。クラウディングアウトが起きるなら、公共事業費が増えた1998年には金利が上がっていなければならないはずだが、図2の金利のグラフを見れば、上がっていないのは明らかである。
<図2>
図2 金利
 こういった事情を考慮するならば、当然金利を固定して増税、減税、公共事業費の増減を検討すべきである。以前に内閣府が発表した試算では必ず金利固定の場合の試算も示してあった。金利固定型のシミュレーションでは、積極財政により継続的に財政が健全化することが示されるはずである。
 大規模な財政拡大、または長期に続く財政拡大であれば、景気がよくなりその結果インフレ率は高まるし、そうなれば長期金利は上がる。そのときは、利払いが増えて財政が悪化する。内閣府のシミュレーションは、
1) 緊縮財政にすれば景気は悪化する
2) そうすれば金利は下がる
3) そこで利払いが減って財政が健全化する
という3段論法だ。これは最悪のシナリオでありこういったシナリオを採用している限り日本は永遠に不況から脱却できない。ただし内閣府や財務省内部の人ですら、内閣府のシミュレーションがこの3段論法を使っていることに気付いていない人がほとんどだ。緊縮財政で景気はよくなると誤解している人もいるかもしれないが、内閣府のシミュレーションは緊縮財政にすれば必ず景気が悪化することを示している。もっとも景況感なるものは相対的なものだ。どん底の状態が続いている間でも、緊縮の度合いを緩めれば景気は前年よりましになる。しかし、単に緊縮の度合いを緩めるだけでなく、減税等の積極的な景気刺激策を取っていたら、更に景気は良くなっていただろうし、デフレからの脱却も可能だったということを内閣府の試算は示している。
 誰か、小泉内閣を弁護しようとする人が現れて、方程式を書き換え緊縮財政にすれば景気がよくなるという作為的で現実離れしたシミュレーションプログラムを作ったとしよう。そのときは必然的に2)3)は次のものに置き換わる。
2) そうすれば金利は上がる
3) そこで利払いが増えて財政が悪化する
 つまり、構造改革にせよ、潜在GDP押し上げによる方法にせよ、どんな方法で景気をよくしても、金利は上がり利払いは増え財政は悪化するから緊縮財政政策を支持することにならない。プライマリーバランスを改善すれば債務のGDP比が下がってくると考えるのは幻想にすぎない。利払いが増えGDPが増えなければ、プライマリーバランスが改善しても債務のGDP比は増えていく。
 当然のことながら景気をよくしながら、同時に財政を健全化する方法を考えるべきであり、それこそが真の構造改革だ。その方法が存在することを次に説明する。
4.金利固定でのシミュレーション
 短期金利固定型でのシミュレーションに関しては、内閣府、経済社会総合研究所の堀(2003)があるので、参考のために引用する。短期金利固定型とマネーサプライ固定型とでどれだけ差がつくのかに関して参考になる資料である。例えば、公共投資を増やすことにより国から資金が実体経済へ流れ出すからマネーサプライは増加する。景気がよくなれば金利は上昇に向かう。そのときマネーサプライを増やさないようにしようと思えば、何らかの形で実体経済から資金を吸い上げなければならない。その手段として例えば短期金利を上げたとしよう。そうすると高くなった金利をいやがって、新たな融資を避けたり、すでに受けた融資も前倒しして返済したりするだろう。短期金利の上昇が長期金利の上昇を誘発し、それが住宅投資に悪影響を及ぼし、景気を冷やす。一方、短期金利固定型だと、資金は潤沢に供給されるから、マネーサプライは増加し、景気刺激効果が大きい。堀(2003)の論文から、その比較をしてみる。
 まずマネーサプライ固定で公共投資をGDPの1%相当(つまり5兆円程度)増加した場合
失業率     0.08%減少
デフレ(物価) 0.08%改善
可処分所得   0.85%増加
短期金利    0.88%上昇、 長期金利    0.45%上昇
名目GDP   4.5兆円増加
税収      1.0兆円増加
という結果になることが示されている。そして債務のGDP比は1年目には2.34%減少、2年目には1.45%減少だが、3年目には0.98%の増加に転じるとある。これは3頁に書いた2.内閣府の回答の内容と共通している。
 金利固定で公共投資をGDPの1%相当(つまり5兆円程度)増加した場合は
失業率     0.09%減少
デフレ(物価) 0.15%改善
可処分所得   0.95%増加
金利      短期金利は固定、 長期金利は0.01%上昇
名目GDP   7.6兆円増加
税収      2.6兆円増加
という結果になることが示されている。そして債務のGDP比は1年目には5.56%減少、2年目には6.39%減少、3年目には7.55%の減少とある。
 正確なデータを得るには、きちんとした計算が不可欠だが、この比較により、マネーサプライ固定よりも、短期金利固定で景気刺激を行ったほうが、効果的だし、債務のGDP比の改善幅もはるかに大きく、しかも最初の2年間だけでなく、3年以降も改善が続くことが分かる。これを図3で示した。
<図3>
図3 国・地方の債務/名目GDP
5.世界の経済学者の提言に耳を傾けよ
 景気が回復してくると物価上昇が始まる。短期金利は、金融政策により上昇を抑えることができるが、長期金利は市場原理で決まるので、上昇を抑えることは困難である。
 例えば国が1000兆円の借金をしていて利率が平均で4%になるとすると、利子は年間40兆円。ということは、税収のほとんどは借金の利払いに取られてしまう。民営化された郵便局や銀行は、不労所得としてこの巨額の利子を受け取ることになる。我々の税金が国民に使われるのでなく、一部の企業に流れる状態でよいわけがないだろう。これを防ぐことが真の構造改革というものだ。
<図4>
図4 日銀券残高
 バーナンキ(アメリカ大統領経済諮問会議委員長、ノーベル経済学賞候補)、クライン(ノーベル経済学賞受賞者)、フリードマン(ノーベル賞経済学賞受賞者)、サミュエルソン(ノーベル賞経済学賞受賞者)などは異口同音に『日銀は、もっと国債を買うべきだ。』と提言を行っている。
 日銀に払った利子は、国庫に返ってくることになっている。つまり国が国から借金をしているのであれば、お金がぐるぐる回っているだけで、国民に何の負担も掛からない。特定の企業に多額の利子を国が払うという状態は健全であるわけがなく、それを避けるには、日銀はもっと国債を買うべきである。
 これを阻んでいるのが日銀の長期国債の保有額は発行済みの日銀券残高を限度とするという日銀の自主規制である。2005年6月現在、発行済み日銀券残高は72兆円、日銀の長期国債保有額は64兆円だから、あと8兆円しか買えないことになる。図4で分かるようにデフレの進行のお陰で、タンス預金が増えてしまい日銀券残高は異常に増加している。1996年度には残高は41.8兆円だったわけで、長期国債の保有残高はそのレベルを大きく超している。長期国債の保有残高と日銀券発行残高を比べることなど何の意味もない。将来的には日銀券は電子マネーに置き換わるから、ますますこの比較が意味を成さなくなる。
6.日銀が国債買い入れを増やすと円の信用が落ちるという説
 日銀が国債買い入れを増やすと円の信用が落ちるという説があるが、それが円安になるということであれば、それは歓迎すべきことである。日本製品の国際的競争力が増し、国内産業を活性化させ空洞化を防げる。
 円が紙くずになるという意味であれば、それはあり得ないことである。国内の商店が、円を受け取らなくなることはあり得ない。ドルしか受け取らないという商店に買い物に行く人はいない。日本製品が魅力的である限り、円は国際的にも価値がある。それに円はすでに国際通貨になっているから、突然紙くずと化すことはあり得ない。日本の景気が回復し、国民が納めた税金が一部の企業に利子として支払われるのでなく、国民のために使われるようになれば、日本経済の国際的信用も上がり、円の信用は上がってくると考えるべきである。
 銀行や郵便局が国債を日銀に売った後の資金の使い道だが、例えば株に投資したとすれば、資金は企業に流れるわけで、企業は得た資金で設備投資を行い経済の活性化に役に立つ。行き過ぎで景気が過熱しインフレ率が高すぎる状態になれば、増税を行えばよいわけでそれは財政を更に健全化し、経済の好循環が始まる。そのときの増税は、デフレ下の増税とは全く異なった意味を持つであろう。
参考文献
堀(2003) “短期日本経済マクロ計量モデル(2003年度版)の構造と乗数分析”
堀雅博・青木大樹 ESRI Discussion Paper Series No.75.
戻る
Copyright ©2002 - 日本経済復活の会(Association for Japanese Economic Recovery). All rights reserved.