朝日新聞 2002年(平成14年)3月11日朝刊第13面オピニオン・ページ
私の視点欄 「経済再生 年25兆円、5年間続けて配れ」
齋藤 進(さいとう・すすむ)三極経済研究所代表取締役
 昨年第4・四半期の経済成長率が年率換算マイナス4・5%と、景気はまさに深刻な局面に入った。
 資産バブルの崩壊で、日本の株価がピークの3分の1の水準に下落した92年、筆者は、この事態を放置すれば日本経済は大恐慌型の不況に突入しかねないと論じ、非常時的財政金融政策を総動員した長期にわたる総需要増大政策をいち早く提唱した。
 その時点で、日本は少なくとも700兆円、計算の仕方では800兆円の国内総生産(GDP)が可能な企業設備などの資本ストックを形成していた。実際の需要は500兆円弱で、200〜300兆円の供給余力があった。いわゆるデフレ・ギャップである。
 このギャップを市場の自然調整に任せれば、その分だけ大量の企業や雇用が毀損され、金融資産は不良化し、金融機関の貸出しの不良債権化も確実だった。
 それから10年。政府統計によれば、約350万人の完全失業者に加え、適当な働き口さえあれば働きたいと望んでいる人が一千万人ほどいる。
 どうすべきだろうか。
 筆者は、大量倒産・大量失業の防止こそ国家の最優先課題である以上、政府債務の増大は覚悟して、デフレ・ギャップが埋まるまで公的部門主導の総需要増大策を採り続ける以外にないと信じる。デフレ・ギャップに基づく貸出し資産の不良債権化だけで150兆円超の毀損を被っている民間金融機関の信用創造増大機能は完全に麻痺しており、新たに発行する国債は事実上、日銀が引き受けせざるを得ない。さもなくば、デフレ・ギャップ相当分、30%強の企業・勤労者は経済的に死んでしまう。
 不良債権問題、景気悪化、倒産・失業増大、物価下落はデフレ・ギャップの結果であり、原因ではない。これらの諸問題は、総需要拡大政策でデフレ・ギャップが解消されれば、自然に解決する。むしろ、不良債権処理を急げば急ぐほど、国民経済全体の債務残高は急膨張する。
 総需要増大策は、全国民均等の負の人頭税にしたらよい。言うなれば、国からの贈与である。民間消費を刺激するのが目的だから、買いたい物を残している低所得層ほど実質的優遇感がある。国民の80%は4人世帯換算で年間税込み700万円以下の所得層である。この方式なら、行政経費も少なく、効率的な資源配分に問題がある公共事業より景気刺激効果も大きい。
 規模は、毎年GDPの5%、すなわち25兆円程度が妥当と考える。少なくとも5年以上続ければ、デフレ・ギャップは徐々に縮小されよう。企業レベルでは、債務残高の対売上高比率の低下により、財務体質が著しく改善する。株価上昇で銀行も一息つける。
 公的部門の純債務残高・GDP比率は最近の約50%から、景気拡大による税収増を勘案しても10%は上がろう。その処理は戦後の米国のように20年単位の時間で考えればよい。
 思うに、現在の日本の政治状況は先の大戦の1944(昭和19)年7月のサイパン島陥落以降に比せられる。聖戦完遂、一億玉砕、本土決戦を呼号した揚げ句、太平洋戦線での日本の全戦死者190万人の内、90%余が終戦までの13カ月で犠牲になった。
 橋本内閣の後半から今日までの5年間、国民は金融再生、構造改革の「大本営発表」を頼りに、不毛かつ見当違いの経済戦をひたすら強いられてきた。もはや終戦し、政策を180度転換して、大量の実態的失業者と遊休企業設備を十分に生かす道を選ぶ時である。
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